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#111

5回に1回

2013-8-5

 小さな子どもというのは、注意しても注意しても、注意されたことを何回も何回も繰り返してしまうもので、最近うちのムスメも、たまに「分かってるよ!」と口答えするようになりました。

 ところで、子育てに関わっていると他の家庭の子育ても気になるところで、特に街中や電車の中でついつい観察してしまいます。
 その中で、特に気になってしまうのが、ことあるごとに注意するお母さん。

 人様に迷惑かけてはいけない、という意識が強いのか、何かにつけ事細かに注意します。静かにしなさいとか〇〇にさわっちゃダメとかちゃんと歩きなさいとか。子どもはしばらくすると忘れてしまいますから、注意されたことをまたやると、すかさずお母さんから注意が。
 いやー、もし自分があそこの家の子どもだったらめげるかもなあ、なんて思ったりします。

 私なんかはそうでしたが、子どもは同じことを言われすぎるとあえて反抗して従わない、という気持が生まれますし、慣れて「またか」という気持になるものです。

 それなのに、私も(さきほどのお母さんほどではありませんが)子どもについついいろいろ注意してしまう性格で、自分でもこれはあまりいいことではないなと思ってました。
 そこで私は最近、毎日のように、それどころか毎回注意したいことについて、「5回言いたいところを1回言う」ということを試みています。
 どうせ何回言っても聞きやしないのなら、回数を減らしたらどうか。

 子どもというのは、分かっているけどついついやってしまったり、忘れてしまってやってしまったりします。もちろんしつけとしてどうしても治してあげなければならない部分はありますが、やり過ぎも良くないですよね(最近ムスメが親の顔色を見てしゃべることが増えてきたのがちょっと心配)。

 注意をする回数を減らし親の口出しが減ることで、子どもの気持にも遊びの部分が多く残るでしょう。これが大事なのではないかと思います。親の言うことを守るために子どもの多くの意識を消費してしまうのはもったいない。
 もちろん、危険なこと、緊急のことなど、例外にすべきものはあると思います。
 そして、親も「注意して嫌な気分になる」というのを減らすことができます。
 親だって子どもと同じ。子どもを自分の言うことに従わせることに多くの意識を消費したら、もうそれで精一杯になってしまい、他の本当に大事なことまで気が回らなくなってしまうでしょう。

 見守る、という言葉があります。私は子どもを育てる時に、この「見守る」というのが大事だと常々感じます。
 親として、こうした方がいいだろう、と口出ししたいことは沢山あります。でも、よくよく考えると、それらのほとんどは、人生で一番重要なものなのか、と考えれば、それらの多くはそんなことはありませんし、もっと言うと、親の理想とする生活スタイルに子どもの行動を合わせさせたいという親のエゴの場合も多くあります。

 見守る、というのは放任ではありません。子どもの行動や考えを視界の片隅で見て気にしつつ、あえていちいちあれこれ言わない。
 本当に言わなければならない時だけ言えば、子どもはその時すぐに言うことをきかなくても(たぶん心の中のどこかで反抗している)、しばらくして従うことが多いものです(たぶん反抗しながらも分かっているので、やったりやめたりすることを自分で決断することにしたい)。
ムスメを見てそう思いました。



カテゴリー:こどもとともに

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