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#319

科学者が人間であること

中村 桂子 岩波書店 (2013)

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 「科学」というと、たとえばある科学の内容について、一般の人は概要を説明されることでその大枠を把握することは出来ても、「なぜそのように説明できるのか?」といった詳細については、専門家でなければなかなか理解できない、という取っ付きにくさを感じます。さらには、そのような専門家の言葉が、私たち一般の人たちの倫理観や生活感とずれているように思えて首をかしげたくなることもしばしばです。

 中村さんは、なぜそのようなことが起こるのか、「専門家」とはどのようなものか、そして「科学」というものやそれを取り巻く状況がどのようなものか、どう変わっていったかをまず探っていきます。
 そこで見えてきたのは、専門家たちが、人間が生き物であることを忘れ(あるいはそういう考えから離れ)、言ってみれば人間や自然を「機械」のように見なし、数値による説明によって効率化を図るようになったことでした。

 そこで中村さんが提案しているのが、哲学者・大森荘蔵氏が提案している「重ね描き」の手法を取り入れることです。どういうことかというと、中村さんは、
「DNAやタンパク質のはたらきを調べるという生命科学の方法で見ているチョウは、花の密を求めて飛んでいる可愛いチョウと同じものであるというあたりまえのことを認め、両方の描写を共に大事にする」
と説明しています。
 これにより、専門家の視点と一般生活者の視点の乖離を少しでも小さくしようとするものです。

 科学者も含めて、専門家の方々の仕事が社会に与える影響はとても大きなものです。
 それ故に、それぞれの世界で我が道を究めるのも結構なことですが、自己満足のためではなく、何のためにそれをするのか、人類のためにどのように役に立つのか、という社会貢献という目で見直すことが必要な時代になってきたのかもしれません。

2014-5-22

カテゴリー:科学技術/思想・哲学・心理

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