#365
白神山地マタギ伝 鈴木忠勝の生涯
根深 誠 七つ森書館 (2014)
マタギというのは、猟師のことを東北地方のあたりではマタギと呼ぶのかな、と思っていましたが、そうでもないらしいですね。
確かにマタギは猟をして生計を立てるということでは猟師ではあるのですが、根深さんによると「マタギは昔ながらの伝承に生きるからこそマタギなのである」なのだそうです。
本書で取り上げられている鈴木忠勝さん(1907-1990)はその伝承を受け継ぐマタギで、彼が住んでいた青森の目屋地区でも「最後の伝承マタギ」と言われた人。
根深さんは生前の鈴木さんと親交を深め、マタギの伝承について多くのことを鈴木さんから教わります。
鈴木さんは、伝承マタギは「呪術的信仰世界に属し、封建的な時代の制約の中でさまざまな戒律を秘匿し守らねばならなかった」と言います。山での女人禁制、動物を撃った後の解体の儀式、山の神の信仰、魔除け、などなど。
鈴木さんが根深さんに伝えた伝承マタギの知恵からは、鈴木さんが、生涯歩き回った山のあらゆる場所、山に棲む動物、代々伝わってきた言い伝えについて熟知し、彼が猟をする山そのものの一部にさえ見えます。
このような鈴木さんの姿は、山で採ったもので生計をたてているプロフェッショナルとしてある意味当然のことなのかもしれませんが、山の神、動物たちへの畏敬の念が鈴木さんの体にしっかり染み込み、近代化が進む陰でもうすでに昭和後期には伝承が形骸化したといわれるころでもこの生き方を貫きとおした姿が、周囲の村人でさえも鈴木さんが最後の伝承マタギと言わせたのでしょう。
根深さんは本書の執筆に当たり鈴木さんの語りの音源から文を起こしたそうで、随所でそのまま載せられた鈴木さんの語り口が、伝承マタギと呼ばれる人の輪郭をさらにくっきりと浮かび上がらせてくれます。
2015-3-24
カテゴリー:日本の文化と歴史